![]() |
ヤマハ創業者
山葉寅楠(やまはとらくす)は、紀州徳川藩で天文暦数や土地測量・土木設計などの天文方を勤めていた藩士の父、孝之助の三男として生まれた。 明治維新で家は没落し、山葉寅楠は二十歳のときに大阪に出た。そこで時計や医療器具の修理を学んだ。 技術者として各地を転々とし、東京に出て一旗揚げようとしていたが、当時コレラの流行で仕事はなかなか見つからなかった。そんなとき、浜松の県立病院で修理工を捜していることを知人が知らせてくれたのでそこに就職することになった。 その頃、明治政府の意向で小学校に随意科目として唱歌科がもうけられた。 浜松の小学校でも唱歌のためのオルガンを輸入したのだが、すぐに故障してしまった。 ある日、浜松に住むことになった山葉寅楠のもとに、浜松尋常小学校からオルガンが故障したので修理して欲しいという依頼があった。 山葉寅楠は医療器械の修理工だったが、当時は楽器の修理工などいない時代だったので時計や医療器具修理のできる山葉寅楠なら直せるだろうということで依頼されたのだった。 山葉寅楠にとってオルガンなど見たこともない機械だったが、好奇心旺盛な山葉寅楠はすぐにその修理を引き受け、知人で腕の良い飾り職人だった河合喜三郎に手伝ってもらいなんとか修理を成功させた。 さらに山葉寅楠は自分でも作ってみようと、そのオルガンを分解して図面に描き、その構造を模写したという。 オルガンの値段を聞けば、外国製で45円もするという。 山葉寅楠は「自分なら3円でつくる。将来オルガンは全国の小学校に設置されるだろう。これを国産化できれば国益にもなる」と、オルガンをつくる決意をした。 しかし、材料の見当もつかず、音楽の知識も無い。そんな状態ではあったが、山葉寅楠は河合喜三郎と協力し、なんとか2ヶ月をかけてありあわせの材料でオルガンをつくってみせた。 だがそのオルガンは狂った音しかでなかったため、東京の音楽家に見てもらうことにした。 2人は天秤棒にオルガンをかついで運び、音楽取調所(現東京芸術大学)の教授に見せた。 教授たちはオルガンをつくったことに驚いたが、弾いてみると音程が狂っており、やはり楽器として使えるものではなかった。当時、西洋音楽を指導していた伊沢修二から「調律が不正解、音楽を学習していけ」と言われた。 そこで山葉寅楠は、音楽の基礎を学ばないと楽器製作はできないと悟り、伊沢の取り計らいもあってそこの聴講生となった。そして調律、音楽理論を1ヶ月学んでから浜松に帰った。 浜松に帰ると、河合喜三郎と協力して、すぐさま2台目のオルガンの製造にとりかかった。 途中、資金が底をついたのだが、河合の妻が親戚をかけまわって借金をして二人を助けた。 そして、ようやく正しく調律された2台目をつくりあげ、それを再び東京へ運んだ。 2台目のオルガンは教授たちに高く評価された。山葉寅楠はこの時のオルガンを国産第1号として、そのまま音楽取調所(現東京芸術大学)に寄付した。 このオルガン製造に成功したことが評判になり、次第にオルガン製造の注文も来るようになったので、「山葉風琴製造所」を設立して本格的なオルガンの製造を開始した。 注文第1号は、静岡県から5台が来た。その後も政府の方針によって唱歌が普及したため、オルガンの需要はうなぎ登りで事業は順調にいき、わずか1年後には従業員は100名を超え、ロンドンに輸出するようになっていた。 1889年、東京や大阪の楽器商社の協力もあり、「日本楽器製造株式会社」となった。 この頃から、山葉寅楠はピアノの製造、国産化を目指すようになる。 そしてピアノ製造法の研究のため、伊沢修二の紹介により文部省嘱託(しょくたく)という身分でアメリカへ渡る。 アメリカに渡った山葉寅楠は、ピアノ工場の見学や部品の買い付けに没頭した。 帰国後は国産ピアノ第1号をつくるべく、会社の総力をあげてピアノの製造にとりかかる。 ピアノの部品の多くはアメリカで買い付けたものを使用したが、ピアノの生命といわれるアクション(響板)だけは日本人職人が開発したものを使用した。 この時の職人は、後に「河合楽器」を創業する河合小市でという人物で、明治30年わずか11歳で日本楽器製造に入社し、山葉寅楠にとても可愛がられていた。 そして山葉寅楠は明治33年(1900年)にはアップライトピアノ、明治35年にはグランドピアノの製造にも成功したこれらのピアノとオルガンは、アメリカのセントルイス万国博覧会で名誉大牌賞を受賞した。 オルガン、ピアノの量産化で山葉寅楠は「日本の楽器王」と呼ばれるようになる。 山葉寅楠の死後、「日本楽器製造株式会社」は「ヤマハ株式会社」となり世界一の楽器製造を誇る企業へと成長する。 また、戦後には日本楽器からオートバイ製造のヤマハ発動機が誕生した。
→山葉寅楠のページTOPへ |
創業者たち メニュー 明治の創業者たち 大正の創業者たち 昭和と平成の創業者たち ※リンクフリー |
||||||||||||||||||||||||
| Copyright (C)創業者たちの偉人伝 All Rights Reserved | |||||||||||||||||||||||||